島野 仁Hitoshi Shimano
略歴
昭和59年 | 東京大学医学部卒業 |
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昭和61年 | 東京大学医学部附属病院第三内科 入局 |
平成5年 | 東京大学医学部附属病院第三内科 助手 |
米国テキサス大学サウスウェスタンメディカルセンター分子遺伝学部 | |
平成10年 | 東京大学医学部糖尿病代謝内科 特別研究員 |
平成12年 | 筑波大学臨床医学系内科 講師 |
平成17年 | 筑波大学大学院人間総合科学研究科 助教授 |
平成18年 | 筑波大学附属病院 教授 |
平成20年 | 筑波大学大学院人間総合科学研究科 教授 |
平成22年 | 筑波大学院人間総合科学研究科内分泌代謝・糖尿病内科 教授 |
平成23年~至現在 | 筑波大学医学医療系内分泌代謝・糖尿病内科 教授(組織改名) |
学会評議員
日本動脈硬化学会(副理事長)、臨床分子医学会(理事長)、日本脂質生化学会(幹事)、日本糖尿病合併症学会(理事)、日本病態栄養学会(学術評議員)、日本糖尿病学会(評議員)、日本内分泌学会(評議員)、日本内科学会(評議員)
糖尿病・内分泌・代謝性疾患の捉え方
持続可能な統合的生活習慣病治療に向けた
「サイエンスとこころ」そして「レジリエンスとしなやかさ」
糖尿病、メタボリックシンドローム、高脂血症、動脈硬化などの生活習慣病はライフスタイルの欧米化と共に顕著に増加しています。そして生活習慣病は、日本人のQOL(Quality of Life)の低下をもたらし得る重要な危険因子となっています。例えば糖尿病は、成人の失明や透析の主要な原因であるのみならず、高脂血症や高血圧とならんで心筋梗塞や脳卒中の原因ともなりうる疾患です。そこで、私たちは生活習慣病の遺伝的背景や病態生理、成因を明らかにし、糖尿病、メタボリックシンドローム、高脂血症、動脈硬化を克服する為の創造的努力を、一丸となって続けています。
ここ10年程の世界の変化は凄まじく、ICT、SNSといったテクノロジーによってグローバル化が進む一方で、個人の生活はより個別化が進み、これらを一言で語ることはできません。震災や新型コロナウイルス、国際情勢の大きな変動を見ても分かるとおり、あらゆる物事の変化のスピードが上がり、将来を見据えることの難しさに漠然とした不安を持つ人も多いはずです。こういった不安は人々の心を不安定にし、生活習慣病にも影響を与えていくと考えられます。しかし医療の仕組みというのは、社会の仕組みが大きく変化している中でも、安全を担保するために変化が遅れてしまいます。では私たち医療者は、こういった人の心に関わる「見落としやすいが着実な変化」に、どう対応するべきなのでしょうか?
私は生体における「代謝」と「内分泌」にそのヒントがあると思っています。生命維持のための化学反応が「代謝」なら、環境変化に適応するために時間をかけて恒常性(ホメオスタシス)を維持するのが「内分泌」です。私たちが生きるためには両方が必要であり、だからこそこれらを統合的に学ぶべきだと思っています。少し深掘りして研究をしてみると、この仕組みは個体毎に存在するだけでなく、細胞や臓器毎にも自律して存在していることがわかります。さらには、がん、免疫炎症、脳機能の制御にも関係し、全ての生理と病態につながっていきます(リンク「基礎研究」)。実際に医療者として先述の「変化」に対応するためには、時間軸を意識した病態理解が必要です。EBM(Evidence based medicne)の実践は重要ですが、エビデンスの多くは「なぜそうなのか?」の部分がまだブラックボックスの中にあります。「代謝・内分泌」はロジックが明確な学問であり「なぜ?」を追求しがいのある領域だと思っています。
さらに私たちの領域で「変化」に対応するために重要なこととして、心の問題があります。糖尿病・内分泌・代謝性疾患の診療では、患者さんとの関係が長期にわたることが多く、信頼関係の確立のためには、他の領域に比べてより心の問題に目を向ける必要があります。そのために患者さんに寄り添うことはもちろんですが、医療者自身の仕事への向き合い方も同様です。診療で遭遇する複雑な病態や、大きく変化する社会への不安に対し、負けないための「レジリエンス」と、まあなんとかなると思える「しなやかな心」をもって立ち向かってもらいたいと思っていますし、そのお手伝いをしたいと思っています。代謝と内分泌の理念をもちながら、ブレインサイエンスの知識や、新しいコンセプト、モダリティを活用し、患者さんの治療だけでなく私たち自身の生き方についても「well being」のあり方を探りたいと思っています。
私たちの領域の「変化」について考えると、特に糖尿病の発症は急速に増加しています。その主な要因は環境や生活習慣の急速な変化、すなわちエネルギー摂取の過剰(食の欧米化)とエネルギー消費(運動)の減少に関係すると考えられています。さらには、日本人の体質・遺伝子システムが現代の生活習慣にうまく適応しにくいという特徴も1つの要因です。生活習慣の克服は大変困難で、多くの人が生活習慣の変化に適応しきれずに糖尿病を発症してしまいます。糖尿病(あるいは生活習慣病)の研究については、この「不適応」をどのように解消できるか、ということに注目して取り組んでいます。不適応は分子レベルでは生活習慣に対する遺伝子発現、すなわちエネルギー代謝に関与する遺伝子の転写調節の慢性的異常と捉えることが出来ます。
私たちは、多因子疾患である生活習慣病の原因遺伝子の分離同定や、発生工学的手法を用いた病態モデル動物の開発および解析を通じて、生活習慣病の未知の部分を明確にしたいと考えています。さらに分子生物学的手法を駆使して、糖尿病、メタボリックシンドローム、高脂血症、肥満の共通の基盤であるエネルギー代謝異常・転写調節の分子機構や、生活習慣病の果てにある動脈硬化や糖尿病合併症の分子病態を明らかにしようとしています。さらに最近では、生活習慣病研究での学びが、臓器障害のfinal common pathwayとして、免疫、炎症性疾患、がん、脳精神疾患、感染症などあらゆる疾患のcomorbidities(併存疾患)として繋がることが分かり、現代社会において最も克服しなければならない生活習慣病の根治的治療法の開発に発展させたいと考えています。
医学部と他学部とは、互いの興味やニーズが共通しているにも関わらず、これらの領域をまたいで活躍するような複合人材の育成は、難しいと思われています。私たちの研究室では、多様な人的構成から医学と理工農薬学の融合を目指しています。医学の研究ではもちろん、医学の知識は必要でありますが、それだけでは研究の発展はありません。医学の知識、理工農薬の知識を融合させ、連携させることにより研究は相乗的な発展が得られると考えています。医学学位プログラム、フロンティア医科学学位プログラムのみならず、ヒューマニクス学位プログラムやヒューマンバイオロジー学位プログラムを介し、医学出身者のみならず、多様なバックグラウンドを持った研究者が世界から参加してくれることを願っています。
私たちが研究を展開しているエネルギー代謝領域は、炎症、細胞増殖、脳科学など、細胞や臓器、個体の生命現象の根幹に関わります。今までは全く別と考えられていた領域とのつながりを期待させる分野であり、この展開が新しいパラダイムの創成を予感させ、目の前に新しい世界の黎明期が横たわっているのではないかと期待しています。
生命現象のより本質へ向かって研究を進めることはとても楽しいことです。底が深いし、飽きることはありません。想定した実験結果を得た時の満足感、予想しない結果を得た時の驚き、そこから得られる未知の真実に触れたときの悦びは、この上ないものです。また論文が受理された時の悦び、感慨は筆舌に尽くしがたいものがあります。たしかに、研究の道は楽とは言えません。しかし、努力に値する探求心の昂揚と充実感に満ちた日々を送れるよう、スタッフ一同、精一杯の指導を心掛けています。私たちと一緒に、教科書に新しい一行、一頁を書き込んでいきましょう。
筑波大学ならではの先端医療に向けて
脂質の量と質に視点をおいた生活習慣病戦略の開発をイノベーションセンター、トランスボーターセンターで展開中です。肥満に起因する代謝異常について言えば、蓄積した脂(あぶら)を減らすだけの従来の治療から視点を変え、新しい生活習慣病治療の理念を提言します。詳細は基礎研究のページで紹介されていますが、これまで私たちはエネルギー代謝転写調節の研究を中心に、常に独自の視点で「ひと味違う研究」を目指してきました。飽食・運動不足から倹約遺伝子と生活習慣病の研究を展開しましたが、最近ではさらに生命の本質をめざした栄養代謝制御の上流にむけた研究や、反対の発想で飢餓・エネルギー不足時の生体反応のメカニズムを新しい因子で研究しています。私たちの「脂質コード」による病態シグナチュアの解明は、従来の分子生物学のセントラルドグマから一線を画した新しいコンセプトです。私たちの独自の脂質研究は代謝内分泌を乗り越え、既に盛んになっている炎症や、がん、脳にまで拡がっていこうとしています。グローバル化の時代の中で新しい学問との融合を積極的に推し進め、より新しい「ひと味違う」先端医療の萌芽を育てていきます。また筑波大学内に留まらず、研究学園都市の利点を生かして学際的に数理学科、理工学科、電算機センターなどとの共同研究で、動脈硬化や様々な疾患、臓器の新しい先端治療法の発見を目指しています。
糖尿病、肥満、メタボリックシンドロームの管理は生活習慣の改善が基本ですが、その実践と継続は容易ではありません。近い将来、研究室で展開している脳科学的成果を基に、患者の食行動、運動、行動など生活習慣に行動変容をもたらす新しい治療法、システムを創出して、先端医療を担う大学病院の使命を全うしていきたいと考えています。
社会に向けて
第4次産業ともいうべき知識産業の強化が日本の再活性化のカギであり、医療・医学はそのフラッグシップとなる領域とするべきです。私はその知識産業のインフラの中核は大学であると考えており、大学の医学部は、臨床、教育、研究を担う事が求められていると考えています。大学のあるべき姿は、おそらく今後も変わらないし、変わるべきでないと思われますが、そこに到達するためのアプローチや姿勢は、社会や医療状況の変化に合わせて最適化していく必要があります。単に明確なゴールを目指すだけではなく、周囲の変化に耐えうる「弾力性」と「剛性」を兼ね備えた組織、場でなければならないと思います。
日本の現状を表すキーワードとして「技術革新」「ICT」「グローバル化」「閉塞状況」「萎縮」などの言葉が挙げられることが多いですが、ここから読み取れる事は、世の中が目まぐるしく変化しているという事実と、社会の多様性です。グローバル化社会では、これまで10年かけて変わってきたようなことが、ほんの数年で、しかも世界規模で変わってしまうことがあります。そのため、組織の「方向性」や「力の入れどころ」を迅速かつ安全に、そして先見性をもって定めていく必要があります。その実践のために、まずは個々人が、そして組織が、最終的には大学全体が対応できるように変わっていかなければなりません。
一方で、変化の激しい世界にあって、組織の全てがそのスピードに振り回されてはいけないと思っています。私たちが臨床で扱う対象は「心」をもった人ですから、よい人材を育てる事、よい人材育成システムをつくることは、すなわち「心」を育むことであり、とても時間がかかることです。そのため、私自身への戒めでもありますが、よい人材を育成することに関しては決して焦ってはいけないと思っています。
先述したように、先の見えない時代に突入しつつありますが、逆にチャンスと考え、原点に返りながら大学の医学部のあり方を考えていきたいと思います。また人と人との心のつながりや、若い人のポテンシャルを信じ、伸び伸びと仕事ができる環境にしていきたいと考えています。
「明るく、楽しく、前向きに、誠意をもって、そして程よく気楽に」をモットーに組織をまとめていきたいと思います。極めて月並みなようですが、これらの言葉は、様々な困難や障害に向き合う際に持つべき姿勢を表していると思います。組織の力の源泉は人の「和」です。皆様のご理解とご支援を心よりお願い申し上げます。