脂肪酸伸長酵素 Elovl6 の研究

長鎖脂肪酸伸長酵素Elovl6の機能解析
—脂肪酸組成の制御に基づいた新しい生活習慣病治療法の開発—


近年の肥満ならびに生活習慣病の患者の増加により、これら疾患の治療および予防に対しての有効な方法が早急に求められています。メタボリックシンドロームの病態基盤であるインスリン抵抗性は肥満に伴うことが多く、脂質代謝異常による組織内脂質の過剰な蓄積は、脂肪毒性(lipotoxicity)により種々の細胞内ストレスや炎症シグナルを活性化し、インスリンシグナルを阻害するものと考えられています。しかし多くの場合、脂質蓄積の量的変動が視点となり、蓄積している脂質の質的変化についてはこれまであまり関心が払われていませんでした。  

我々は、エネルギーバランスの破綻、過栄養が生活習慣病をもたらす分子病態メカニズムの解明を目標に、栄養シグナルが脂肪酸合成を誘導する分子機序を生理、病態両面から解析してきました。特に転写因子SREBP-1cを中心に、脂肪酸合成制御機構ならびにそれによるインスリン抵抗性やインスリン分泌障害への関与のメカニズムを解明してきました。トランスクリプトーム解析による新規SREBP標的遺伝子の探索過程において、我々は新規長鎖脂肪酸伸長酵素 Fatty acyl-CoA elongase を単離同定し(ほぼ同時期に複数のグループから本酵素のクローニングが報告され、現在データベースではElovl6という名前で統一されています)、この酵素が炭素数12-16の飽和・一価不飽和脂肪酸を基質とする新規脂肪酸伸長酵素であり、炭素数18以上の長鎖脂肪酸の合成に重要なリポジェニック酵素であることを明らかにしました(J Lipid Res. 43:911, 2002)。
 
 

さらにElovl6の生体内での酵素作用や生理的役割を解明するために、Elovl6 ノックアウト(KO)マウスを解析しました。Elovl6KOマウスの解析から、生体内においてもElovl6が炭素数16から18への鎖長伸長(パルミチン酸16:0 からステアリン酸18:0、パルミトオレイン酸16:1n-7からバクセン酸18:1n-7)を担っていることが確認され、またこれに伴い炭素数16脂肪酸(16:0, 16:1)の増加、炭素数18脂肪酸(18:0, 18:1)の減少、不飽和/飽和脂肪酸比(16:1/16:0)の増加など、様々な興味深い脂肪酸組成の変動が認められました。また Elovl6KOマウスでは肝臓におけるエネルギー代謝関連遺伝子発現が変化し、高脂肪・高ショ糖食負荷や肥満モデルob/obマウスとの交配により野生型マウスと同様に肥満・脂肪肝を呈するが、野生型マウスに比べて良好な耐糖能・インスリン感受性を示し、生活習慣病病態の改善が認められることを明らかにしました(Nat. Med. 13:1193, 2007)。 

身体組織に脂質が蓄積することが肥満、糖尿病、高脂血症などの生活習慣病の地盤となり、特に動物性脂肪の過剰摂取がその原因として考えられてきました。しかし我々の研究結果から、脂肪酸組成など脂質の質的内容もエネルギーバランスに重要であり、そのコントロールが生活習慣病の新しい治療になることが期待されます。またElovl6KOマウスが肥満、脂肪肝を呈するにも関わらず生活習慣病を発症しにくいということは、この伸長酵素の阻害は肥満が持続した状態においてもインスリン抵抗性、糖尿病、心血管リスクを改善する新たな治療法となる可能性があります

   

このように、Elovl6の発現がインスリン抵抗性の発症に関わっていることが明らかとなり、Elovl6は生活習慣病の創薬のターゲットとして注目を集めています。しかしながら、以下のような未解明な問題が残っています。

  1. どの組織でのElovl6発現がインスリン抵抗性の発症に関わっているのか?
  2. 脂肪酸組成の変動が、どの脂質クラスにおいて変化しているか、またどの細胞内部位において変化しているのか?
  3. Elovl6による脂肪酸組成の変動が、どのようにしてエネルギー代謝・インスリン感受性制御系に影響を与えるのか?  

これらの課題を解明するため、Elovl6遺伝子改変動物の表現型解析、リピドミクス解析、トランスクリプトーム解析を統合的に行い、細胞内脂肪酸組成の変化に応じたエネルギー代謝・インスリン感受性調節の分子メカニズム、ならびにそれらを制御する脂質因子を解明し、脂肪酸組成のコントロールを基盤としたメタボリックシンドローム治療の分子標的の解明、新規予防法・治療法の開発を目指しています。

またこの脂肪酸の質的変化は非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)の発症・進展、粥状動脈硬化症の発症機序として重要なマクロファージの泡沫化、膵β細胞における脂肪毒性・インスリン分泌、食欲・嗜好性、記憶・学習、情動行動、意欲など様々な生理機能にも影響を与える可能性があり、これらについても解析しています。




 参考文献
1.  Matsuzaka T, Shimano H, Yahagi N, Yoshikawa T, Amemiya-Kudo M, Hasty AH, Okazaki H, Tamura Y, Iizuka Y, Ohashi K, Osuga J, Takahashi A, Yato S, Sone H, Ishibashi S, Yamada N: Cloning and characterization of a mammalian fatty acyl-CoA elongase as a lipogenic enzyme regulated by SREBPs. J Lipid Res, Vol. 43, 911-920, 2002.
2.  Matsuzaka T, Shimano H, Yahagi N, Kato T, Atsumi A, Yamamoto T, Inoue N, Ishikawa M, Okada S, Ishigaki N, Iwasaki H, Iwasaki Y, Karasawa T, Kumadaki S, Matsui T, Sekiya M, Ohashi K, Hasty AH, Nakagawa Y, Takahashi A, Suzuki H, Yatoh S, Sone H, Toyoshima H, Osuga J, Yamada N: Crucial role of a long-chain fatty acid elongase, Elovl6, in obesity-induced insulin resistance. Nat Med, 13(10):1193-202, 2007.
3.  Kumadaki S, Matsuzaka T, Kato T, Yahagi N, Yamamoto T, Okada S, Kobayashi K, Takahashi A, Yatoh S, Suzuki H, Yamada N, Shimano H: Mouse Elovl-6 promoter is an SREBP target. Biochem Biophys Res Commun, 368(2):261-6, 2008.
4.  Matsuzaka T, Shimano H: Elovl6: a new player in fatty acid metabolism and insulin sensitivity. J Mol Med, 87(4):379-84, 2009. Review.
5.  Saito R, Matsuzaka T, Karasawa T, Sekiya M, Okada N, Igarashi M, Matsumori R, Ishii K, Nakagawa Y, Kobayashi K, Yatoh S, Takahashi A, Sone H, Suzuki H, Yahagi N, Yamada N, Shimano H: Macrophage Elovl6 deficiency ameliorates foam cell formation and reduces atherosclerosis in low-density lipoprotein receptor-deficient mice. Arterioscler Thromb Vasc Biol, 31(9):1973-9, 2011.
6.  Matsuzaka T, Atsumi A, Matsumori R, Nie T, Shinozaki H, Suzuki-Kemuriyama N, Kuba M, Nakagawa Y, Ishii K, Shimada M, Kobayashi K, Yatoh S, Takahashi A, Takekoshi K, Sone H, Yahagi N, Suzuki H, Murata S, Nakamuta M, Yamada N, Shimano H. Elovl6 promotes nonalcoholic steatohepatitis in mice and humans. Hepatology. 2012. in press.